歯科医としてのスタート
祖父も父も歯科医という家庭に育った私は、躊躇なく歯科医への道を選びました。
大学卒業後は、一般歯科、小児歯科、矯正歯科、そして口腔外科、これら歯科診療の全般を診る入院施設を備えた大きな医院で、歯科医としてのスタートをきりました。
当初から、むし歯や歯周病、義歯、親知らずの抜歯を始めとする口腔外科処置…等々を着実にこなし、さらに矯正専門医のもとにも研修に通いながら、歯科医として充実した日々を送っていました。
私の迷い
現実的な問題に気がつくまでに、さほど時間はかかりませんでした。
治療の経過があまりよくないのです。
当時の私は歯科の治療に対して、ある種の限界を感じながら、迷いや不安といった気持ちも抱いていました。
歯科治療とは経過が悪く、時がたてば再治療を必要とするものなのだろうか?
それとも、歯科治療は確立されているが、それを行う私の能力が低いのだろうか?
だとすれば、今後どのように研修すればよいのだろうか?
歯科治療の現実
このままではいけないと、ある勉強会へ参加しました。このとき生涯の師と仰ぐ先生と出逢い、歯科医という職業、また「歯科医療とは何か?」という命題について真剣に考えるようになりました。
まず歯科医とは、どんな種類の医師でもなく、まったく別の職業であることに気づかされました。
「なぜ医学部と歯学部は分けられているのか?」
この疑問に正確に答えられる人は、歯科医を含めても多くはないでしょう。
歯科医という言葉は、"デンティスト"という外来語の誤訳であり、それは直訳すると、歯牙修理工(歯の修理職人)となります。
このことは、医学部と歯学部における教育課程の違いからみても明らかです。
職人仕事
職人さんの仕事とは、多くの場合その行為そのものが目的となります。
床屋さんで髪を切ったり、大工さんが家を建てるといった場合を考えてみましょう。きれいに整った髪、立派に建った家も、その作業のでき具合のよさや見た感じのよさ等で評価されます。その行為自体が目的であるため、よくできていればお客さんに喜ばれて高い評価をえることができます。
では、その後はどうでしょうか?
髪が伸びたらまた切りましょう、家が壊れたら修理しましょう…のくり返しとなります。
歯の修理職人を養成する歯学部でも、病気の診断や治療といったことよりも、ある行為を行うためには、どんな器械・器具・材料をどう使うのかといった職人的教育がカリキュラムの大部分を占めています。
処置の多くはマニュアル通りに進められるため、高度な判断力はほとんど必要としません。
医療としての歯科医療
患者さんの健康回復を願い、病気を“治す”のが医師の仕事です。
患者さんの機能回復を願い、不具合を“直す”のが修理職人の仕事です。
誤解しないでいただきたいのですが、恐らく世界中のすべての歯科医は一生懸命に仕事をされています。私は、その姿勢を否定するつもりはまったくありません。
ただ、医療と修理は違うのです。
職人がどれだけ腕を振るって修理をしても、残念ながら病気は治りません。
当時の私は、“修理を主体とした歯科治療”という枠の中だけで病気を治そうとしていました。それが上手くいかなかったことが、私の迷いの本質であることに気づきました。
医療とは、患者さんの健康の回復・維持・増進をはかることを目的としています。いかなる医療行為も(注射1本でも)それ自体は害であり、あくまでも目的達成のための手段にすぎません。
私が患者さんなら、医療行為による害を熟知し、健康の回復・維持・増進という目的達成のための手段として、最小限にそれを行う医師にかかりたいと願うでしょう。
そもそも、自分の歯を失う主な原因は、「むし歯」と「歯周病」の2つの病気です。
老化ではありません。
病気が進行した結果、仕方なく抜歯になります。まず病気にならないように予防し、仮に病気になっても初期のうちに治してしまうことができれば、歯は生涯残すことができるのです。
では診療の目的を、病気を完全に治すこと、もし完治しないなら限りなくもとの状態に近づけること、さらには病気を予防して健康の増進をはかり、一生自分の歯で咬むことにしてみましょう。
そのような診療目的と医療観をもつ医院では、おのずと“修理を主体とした歯科治療”では対応できなくなります。
つまり、「削る・つめる・かぶせる」といった従来の“修理を主体とした歯科治療”の占める割合が、限りなく小さくなるような医療を目指すことが、真の歯科医療につながるのです。
歯科医師としての想い
「口の中の病気は誰が治すのでしょうか?」
やはり歯科医が、その担い手とならなければいけません。しかし、口腔の医療は一本のむし歯を例にとっても本当にむずかしいのです。現在の私にそれができているかと問われれば、まだまだ勉強中です。
医療は日進月歩です。
絶えず医療と修理との違いを考えながら研鑽を積み、日々の診療に臨んでいきたいと思います。
歯の修理をする「歯の修理職人」ではなく、患者さんの健康を守る「歯科(口腔科)の医師」を目指すこと。
それを決意した今、「歯科(口腔科)の医師」というものが、自分に誇りをもってまっとうできる素晴しい職業だということを確信できます。
今のこの気持ちを生涯忘れず、患者さんの健康を支えていく「歯科(口腔科)の医師」でありたいと強く願います。
つづき歯科医院
院長 続 天彦